ストーリー
第13話:螺旋階段
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「お疲れ様です! 所長は下でお待ちになってますよ」
第2実験室に入ると、助手のチーサンが元気に迎えくれた。
入ってすぐの10畳ほどの空間がオペレーションルームになっている。どうやら彼女は、初号機のプログラム関係の最終チェックをしているようだ。
右手側には大きなガラス窓があって、そこから下の実験場を見渡すことができる。おそらく、あれが亜空間転送装置の初号機なのだろう。銀色の卵形をした5mほどの物体が置いてあるのが見える。
「奥の扉からどうぞ! ロックは解除してあります」
「ありがとう。それにしても、所長はまたすごいものを造ったね」
アトゥーマは窓越しに初号機を見下ろしながら言った。
「そうですね。ここ2か月は、この子にかかりっ切りでしたからねー」
まるで我が子を慈しむような眼差しで、チーサンも初号機に眼を遣った。どちらかというと小柄な彼女は、窓に手を当てて、少し背伸びをしながら覗き込んでいる。
チーサンは、とても表情豊かな人だ。そして、その表情の奥に見え隠れする彼女の純朴な心が、私には意地らしくてならない。
「チーサンもお疲れ様。しばらく忙しかったでしょう?」
私が声をかけると、彼女は「まー、そうですね」と言ってニコっと笑った。
「今度、飲みに行こっか?」
「え! わー、やったー! 私、日本酒飲みたいです!」
チーサンはぴょんと飛び跳ねて喜んだ。屈託のない彼女の笑顔に、溜まっていた疲れと、お腹の奥に沈んだ何か黒くて重たい物が、すうっと溶けていくのがわかった。私は何度、この笑顔に救われてきただろう。
「じゃあ、今度、駅前の〈忍YAH〉に行く?」
「あ、いいですね、〈忍YAH〉。私、あそこのタコワサ、好きなんですよねー。……そうだ、アトゥーマさんも一緒に行きましょうよ!」
初号機を食い入るように見ていたアトゥーマは、「ん? 何?」とこちらを振り向いた後、「飲みに行くの? わかった、付き合うよ」と言ってチーサンに笑顔を返した。
「やった! じゃあ日程は……と、所長がお待ちかねですね! いけない、いけない。……私、ここでサポートしてますから、どうぞ、いってらっしゃいませ!」
チーサンに促されて、私たち2人は部屋の奥にある扉を押し開けた。
そこはすでに実験場の空間とつながっていて、金属製の渡り廊下を3mほど進んだところに、下に降りる螺旋階段が設置されている。
「ねえ、アトゥーマ。チーサンって、かわいいよね?」
階段を下りながら、私は前を行くアトゥーマに声をかけた。
「あ、うん、そうだね。ちょっと、疲れてたみたいだけど」
足は止めずに、アトゥーマは頭だけ私の方を向きなが答えた。
「……そうだね。ちょっと、疲れてたね」
何を聞きたかったわけでもないけれど、私は、この会話を終わらせた。手すりを握る手にかかる自分の重さが、なぜだか少し、重くなったように感じた。