ストーリー


第16話:息もできないぐらいに
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 その言葉を聞いた瞬間、稲妻に貫かれたような衝撃が私の身体に走った。
 人類が〈愛〉を忘れて既に久しい。私たちは、誰かに恋をすることも、誰かを愛することもできない。だから、〈好きだ〉なんていう言葉は、遥か昔の映画や小説を紐解かなければ目にすることができないものだ。
 それを、今、この耳で聞いた。信じられないことだった。私たち人間が知らない〈好き〉という気持ちを、この目の前のロボットは理解しているというのだろうか。
「TE-02、あなたは、ハナーエのことが好きなの?」
「……ワカリマセン。モチロン、〈スキ〉トイウカンジョウハ、ワタシノナカニセッテイサレテイマセン。デモ……」
「でも?」
 めずらしく言葉に詰まるTE-02に、私は続きを促した。
「デモ、ツタエナケレバナラナイ、ト、オモイマシタ」
 ――耐え切れなかった。思いが込み上げてきた。私はTE-02を抱え上げ、そして強く抱きしめた。光沢を帯びた彼の頭部に、私の涙の粒が、一滴、二滴とこぼれ落ちる。その水滴は彼の頭の左右を伝って流れ、私の白衣に染みを作った。
「ワッ、チョッ、ムネ、ムネ、イキガデキマセン」
 私はかまわず、TE-02を抱く腕にさらに力を込めた。
「だめ、だめだよ……、その言葉は、あたながハナーエに伝えなきゃ」
 声が涙に震えるのもかまわず、私はTE-02に懇願した。「……だから、絶対に還ってきて」
 わずかな沈黙の後、TE-02は「……アリガトウゴザイマス」と、私の胸のなかで静かに呟いた。
「お礼なんかいいから、絶対に還ってくるの。約束して」
「……ワカリマシタ。ヤクソクシマス。……ダカラ、ハヤクハナシテクダサイ。アナタノムネノセイデ、ワタシハイキガデキマセン」
 TE-02は苦しそうにもがいている。
「……そういえば」私は素朴な疑問を口にした。「あなた、息なんてしてるの?」
 TE-02の動きがピタリと止まる。
「……ア、シテマセンデシタ。ワスレテイマシタ」
 さっきまでの苦しさはどこへやら、TE-02は素っ気なく答えた。「デハ、モウスコシコノママデオネガイシマス」
「調子に乗らないのっ」
 私は、そう言ってさらに強くTE-02を抱きしめた。いや、抱きしめるというよりは、締め上げるに近いかもしれない。
 正直に言えば、悔しさもあった。どうしてロボットであるTE-02の方が、私よりも〈愛〉に近いところにいるのだろう。どうして私は、〈愛〉について何もわからないのだろう。
 でも、何よりもまず、この目の前で起こった小さな奇跡は、私にとって至上の喜びだった。〈愛〉とはなんなのか、〈愛する〉とはどういうことなのか、TE-02と一緒に考えていきたい。それに、もしもTE-02がハナーエに〈好き〉という気持ちを伝えれば、そこでまた何か新しいものが生まれるのではないかという予感もあった。
 私はTE-02をゆっくりと胸から解放して、両手で包み込むように持ち直した。お互いの視線が交差する。TE-02は、どこか困ったような、それでいて、限りなく優しく凛々しい顔をしていた。
「……ねえTE-02、あなた今、恋をしてる人の顔をしてる」
 私は思わずクスッと笑った。
「コイヲシテイルヒトノカオ、デスカ?」と、怪訝そうにTE-02が答えた。
「そう。何も根拠はないけどね、なんとなくそんな気がするの」
「……ソレハキョウミブカイデスネ。アトデカガミデカクニンシテオキマス」

 ――私は今、どんな顔をしているだろう。少なくとも、両手がふさがって涙も拭けず、きっと酷い顔になっているはずだ。さっきからがんばって啜ってはいるけれど、もしかしたら鼻水だって垂れているかもしれない。
 私にもいつか、今のTE-02みたいな顔ができる日は来るのだろうか。
 〈ピンポーン〉と館内放送を告げるアラームが鳴った。
『TE-02、そろそろ時間だよ、スタンバイよろしくね!』
 チーサンの明るい声が部屋に響き渡った。おそらく、この部屋だけに限定をかけて放送を流しているのだろう。
「……デハ、ワタシハマイリマス」
 そう言うと、TE-02は背中に格納されている羽根をバッと広げ、ひと羽ばたきふた羽ばたきすると、ゆっくり宙へと舞い上がった。両手がスッと軽くなり、心地よい風が、私の髪と、涙に濡れた頬を撫でる。それはまるで、TE-02が私の頭を優しく撫でてくれているかのようだった。


第17話へ続く



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超機動合唱戦隊バスターガイザーのテーマ2014
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