ストーリー


第4話:襲来
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 アツマは華麗にジャンプした。
「……」
「……」
「……」
「……」
 ――しかし何も起こらなかった。
「……」
「……」
「……」
「……ぷっ」
「……」
「ぷふっ、ぷふ」
「……」
「あは、ほんとにやった。ひゃはっ」
 ニボシは右手(右前脚)を地面に激しく叩き付け、顔を地面に埋めて必死に笑いを堪えているようだ。
「『めたもるふぉーぜ』だって。あはは、『とう!』とか言ってるし。ふひゃは」
 アツマはしばらくあっけにとられていたが、次第に丹田の辺りから何かがむずむずと湧き上がってくるのを感じた。完全に騙された。というか踊らされた。恥ずかしさとバツの悪さと靴下の汁を足したような酸っぱい味が身体に広がる。
「……もうっ」
 彼はニボシに何がしかの報復をすべく、衝動的に両前脚の付け根に自分の手を差し入れ、えいっと彼女を持ち上げた。おそらく、この持ち方でなければニボシの体重は支えられない。ニボシは彼に持ち上げられてもなお笑い続け、手足をジタバタさせながら身を捩っている。
「あのさ、ちょっといい加減に……って、あっ!」
 ニボシの想像以上の重量感と体重移動に、アツマは危うくバランスを崩しそうになった。反射的にニボシを抱き寄せ、右手を臀部に回して彼女の体重を支えた。
 抱き合う……というよりは、ちょうど赤ちゃんを抱っこするような恰好になる。体重が自分の体幹にも掛かっているため、アツマはすぐには体勢を変えられない。
 彼の腕のなかでニボシは笑うのを止め、身をぎゅっと固くした。……2秒、3秒と、時間が過ぎる。彼女の呼吸の音が聞こえる。彼女の体温が伝わってくる。……5秒、6秒。やがて、ニボシは徐々に緊張を解き、身体をゆっくりと弛緩させていった。そして、両前脚を猫としての可動域の範囲内でアツマの肩に回し、頭を遠慮がちに首元に寄せてきた。彼女の柔らかな白い毛が、彼の頬をそっとくすぐる。少し香ばしい匂いがした。春の太陽の匂いだ。
「――ありがとう。あなたが優しい人でよかった」
 ニボシは彼の耳元でそっとささやいた。
「こんなに笑ったのはいつ以来だろう。……もう二度と、笑うことなんてないと思ってた」
「二度と?」
 アツマはそのままの体勢で尋ねた。自分の首元にニボシの頭があるから、彼女の表情は窺えない。でも、ニボシはきっと今、悲しそうな、でも少し嬉しそうな顔をしている。
「……そう。二度と」
 アツマは会話を続けられなかった。彼女が二度と笑うことはないと思うに至った状況を聞くことは、おそらく今は適切でない。直感的にそう思った。彼はただ、もうしばらくこのまま、彼女の匂いと体温を感じていようと思った。

「――ちょっと待って」
 そのとき、ニボシの声のトーンが急に緊迫したものになった。
「え、あ、ごめんなさい」
 アツマはとりあえず謝った。
「(シーッ! 静かに。そのまま動かないで)」
 ニボシはsotto voceで彼に沈黙と静止を要求した。そして、声を潜めて言葉を続けた。
「(誰かに見られてる。……まさか、ギガスパ……いえ、そんなはずはないわ。……でも)」
 アツマは辺りを見回したい衝動に駆られたが、動くなと言われたのでそれはできない。こちらが相手の存在に気付いたことを悟られるのは、きっとよくないことなのだろう。
「(どこから見られてるの?)」とアツマは聞いてみた。
「(わからない。たぶん、あなたから見て右側の街路樹のどれか。陰に隠れてる)」
「(……どうすればいい?)」
「(……合図をしたら私を離して。そしてまっすぐ走って。それだけでいい)」
「(……どうするの?)」
「(私が戦う。あなたにはまだ、ギガスパイアと戦う力がないから)」
 凛とした声でニボシは言った。
「(戦うってどうやって? っていうか、ギガスパイアってなんなの?)」
「(説明してる時間はないわ。先手必勝。私はお陰様で猫だから、スピードで勝負できる)」
 アツマはまた訳のわからない世界に引き戻された気がした。でも少なくとも、彼女がひとりで危険に立ち向かおうとしていることだけは理解できる。
「(……だめだよ)」
 アツマは彼女を抱いた両腕に力を込めた。「(……だめだよ。一緒に逃げよう。それでさ、もっともっと、これから一緒に笑おうよ)」
 その言葉を聞くと、ニボシは小さくひとつ息を吐いて、少し困った感じで、でもすごく優しい声で、彼に語りかけた。
「(……ありがとう。でもごめんね。今はあなたが逃げ切れることが一番大切なの。人類の未来のために)」
 ニボシはそう言うと、すばやく身体をくねらせて彼の腕を振り解いた。予想以上のスピードと力強さに、アツマは何もすることができなかった。
「グッドラック、アツマ。本当にありがとう」
 見事に地面に着地したニボシは、身を翻して街路樹に向かって駆けて行った。


第5話へ続く



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超機動合唱戦隊バスターガイザーのテーマ2014
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