ストーリー


第9話:前へ
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 練習会場である市民センター会議室の扉の前に立つと、中から微かに歌声が聞こえてきた。アツマは扉に手をかけて、演奏が終わるタイミングを伺った。
「ねえ、早く入ろう」
 ニボシの声が肩越しに聞こえる。この建物は当然、ペットは入館禁止になっている(確認したことはないがどう考えてもそうだろう)。建物の入り口で気付いて、慌ててニボシをバッグの中に押し込んだ。
 アツマのバッグは背負うタイプの大容量。黒いビニール製の逸品で、よく使い込まれていて黒光りしている。ニボシが蓋の隙間から外の様子を覗こうとしていたので、施設の職員さんに見つかりはしないかと、冷や冷やしながら受付を通り過ぎた。
「演奏が切れるまでちょっと待って。多分、最後まで通したりはしないと思うから」と、アツマは逸るニボシをなだめた。
 しかしそのとき、横からタムタムが「まだ練習始まってないし、いーんじゃねーの?」と言いながら、あっさりと扉を開けてしまった。部屋の中の空気と音楽が混然一体となって、3人の身体を包み込む。

    覚えている
    あなたの大切な夢を
    覚えている
    あなたの明日に向けた笑顔を

       (佐藤賢太郎『前へ』より)

 やわらかくて透明感のある純正調のハーモニー、そこから浮かび上がるソプラノの旋律は絹糸のように繊細で美しく、思わず息を飲んでしまうような演奏だったらいいなとアツマは思った。
 残念ながらそこまでの完成度ではなかったものの、それはアンサンブルをつくろうという意志が感じられる暖かい演奏だった。もちろん「事故」は散見されるけれど、現在進行形で練習に取り組んでいる曲で、しかもまだ半分しかメンバーが集まっていない今の状況を考えれば、花丸をあげてもお釣りがくるぐらいだろう。
 佐藤賢太郎の作詞・作曲によるこの曲は、昨年の東日本大震災に際し、被災者の方々にエールを届けようとカワイ出版が立ち上げた『「歌おうNIPPON」プロジェクト』にいち早く供された一曲だ。大切な人の思い出を自分のなかに確かめ、その人と共に少しずつ、一歩ずつ、未来へと人生を踏み出して行くプロセスを、限りなく優しく、そして暖かに歌い上げる。
 部屋の中で歌っていた5人のメンバーは、アツマたちの方をチラッと見た後、そのまま演奏を続けた。

    あなたとの思い出を胸に
    一歩一歩 前へ
    毎日の喜びと悲しみを抱きしめながら
    一歩一歩 前へ


 高音部で崩れかけたアンサンブルを何とか持ち直して、ふらふらとよろけながらも、曲は終結へと向かって行った。アツマとタムタムも、邪魔をしない程度の音量で、自分のパートを口ずさんだ。
「ねえ、アツマ」
 耳元でニボシが囁く。アツマは歌うのを止めて「ん?」と反応した。
「……これが、合唱なの?」
「……ん??」
 アツマはニボシの質問の意図を理解できなかった。首を少しだけ右に回してできるだけ小さな声でニボシに尋ねる。
「どういう意味? 合唱に聴こえない?」
「……そうじゃないけど、……聴いたことなくて」
 ニボシの答えはあまりにも予想外だった。
「え? 合唱、聴いたことないの? ……合唱戦隊を名乗らせておきながら?」
「……うん」
 アツマの脳内はまたしても混乱をきたし、結果、彼は次の言葉を見つけることができなかった。
「……そっかぁ。これが合唱かぁ。……うれしい。ようやく聴けた」
 ニボシはひとり、感動に浸っているようだった。

    一歩一歩 前へ

 リタルダンドからの最後のフェルマータは、人数の関係もあってブレスがかなり苦しそうだ。それでも、メンバーはアイコンタクトで音を収め、無事に曲を完結させた。耳元では、ニボシが熱い吐息で興奮している。
「ねえアツマ、合唱っでこんなにすばらしいの!? これは何? 奇跡!?」
 そう言って感動に打ち震えるニボシの声は、途中から涙交じりになっていた。
「いやあの、それはよかったと思うけど、何も泣く程の演奏でもないと思うよ……」
「あのね、想像はしてたの。夢見てたって言った方がいいかもしれない。でもね、まさかこんなに……ああもう、ヒゲの先からにくきゅうの先まで……ああん、もうだめ」
「……だめなの?」と、アツマは思わず反応した。
「いいえ、だめじゃない。最高。……あの人にも聴かせたかった」
「……あの人?」
「あ、ごめん、……なんでもないの。……ねえアツマ、私、少しだけわかった気がする。私も……、前へ……進まないとね」
 そう言うと、ニボシはアツマの背中からバッと跳び出し、空中でクルンと一回転して見事に着地した。そして、歌っていた5人の方を向いて例の調子で語りかけた。
「あなたたちは、超機動合唱戦隊バスターガイザーとして選ばれた戦士なの。その石はアートストーンといって、簡単に言えばパワーの源ね。その力を使って、あなたたちは……えっと、……何かに変身するの」
 5人は突如現れたニボシを見てびっくり、というよりはキョトンとしている。目が点になる、を絵に描いたような状況だった。
「いやあの、みんなは石なんて持ってないし、だからニボシの声も聞こえてないと思うけど」と、アツマは冷静に突っ込んだ。
「……石なら、持ってますよ」
 我に返った、という感じで、コジコジがズボンのポケットをまさぐった。
「昨日、多摩センの駅前で拾ったんですよ」と言うコジコジの手には、確かに赤ピンク色の石が握られている。
「私も昨日、嵐のコンサート会場で拾いました」と、サミーは黄色い石を取り出した。
「あ、俺も女子高生からもらったんだった」と、ジュンジュンはバイオレットの石を取り出した。
「おいアツマ、俺も日野キャンから連絡バスで来るときに拾った」と、カツミはマルチカラーの石を取り出した。
「私は昨日、酔っ払っててよく覚えてないです」と、マオウはピンク色の石を取り出した。
 アツマは驚いて「これってどういうこと?」と、ニボシの方を見た。
「だから言ってるでしょう? あなた方は選ばれた戦士だって」
 ニボシは5人の方を向いたままそう言うと、ヒゲをピンと立ててニッと微笑んだ。


第10話へ続く



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超機動合唱戦隊バスターガイザーのテーマ2014
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