ストーリー


第18話:忍YAH
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「あら、いらっしゃい。やだ、みんなちょっと、ご無沙汰じゃないの?」
「わー、フク姐、久し振り! 元気?」
 真っ先に反応したのはチーサンだ。両手を振ってカウンターに駆け寄る。
「元気だったわよ。あんた達みたいなうるさい客がしばらく来なかったからね」
「ああん、もう、フク姐ったら」と、チーサンは頬っぺたを膨らませて不満の表情を見せた。
 カウンターが6席とテーブル席が12席の小さなお店。壁や調度品はシックな赤を基調としていて、バーのようなスナックのような小料理屋のような、とても落ち着ける雰囲気を醸し出している。駅から徒歩数分に位置しているものの、通りの裏に入った雑居ビルの地下に入っているので、「駅前」というよりは「場末」の匂いがする。
 そんな隠れ庵〈忍YAH〉のママであるフク姐は、このお店を一人で切り盛りしている。年齢、不詳。性別も、不詳。身長は180cmを優に超えているし、中身を見なければ100人に聞いたら99人が「男」と答えそうな気はするけれど、実際のところはよくわからない。よくわからなくても、それをどうでもよく感じさせてしまうのが、フク姐の魅力だ。
「4人? めずらしい組み合わせね」
「今日はハナーエさんのお帰りなさいパーティーなんですよ」
 チーサンはそう言って主賓を紹介した。
 突然の振りに、ハナーエは「あ、はい。ちょっと出張に行ってただけなんですけど…」と、少しだけ慌てている。
 結局、ハナーエ、チーサン、アトゥーマ、私の4人が集まった。TAM所長は、忙しいから、という理由で来なかった。所長がどういう気持ちで誘いを断ったのか気にはなったけど、チーサンにあれこれ聞くのも何なので、電話では「そっか、残念だね」とだけ言った。
 正直に言えば、この会に所長が同席した時の空気の重さを考えると、このメンバーがベストなのかな、と思う。もちろん、いつも以上に気を遣ってテンションを上げているチーサンや、さっきからどこか上の空で考え事をしているアトゥーマを見るだけで、十分に気は重い。それでも、所長とハナーエが相対する恐ろしさに比べれば、遥かにマシだろう。何がどう恐ろしいのかもよくわからないけれど。
「飲み物、何になさる?」
 一番奥の4人掛けのテーブルに陣取った私たちにお絞りを配りながら、フク姐は注文を取ってくれた。
「日本酒! 日本酒飲みたいですー!」
 右手をピンと挙げて、チーサンが真っ先に声を上げる。
 お猪口を4つもらって、まずは日本酒で乾杯することにした。
「それでは、ハナーエさんのご帰還を祝しまして、乾杯の挨拶をアトゥーマさんからいただきたいと思います!」
 チーサンに促されて、アトゥーマは渋々、お猪口を手にその場で起立した。当たり障りのない乾杯の音頭で、まずはハナーエの出張を労う。
「で、どう? 成果の方は」
 私は表向きの本題、今回の出張に関する話題を振った。
「んー、ぼちぼちかな。いくつか資料は手に入ったよ。中身の分析はまだだけど」
「今回の遺構調査は、ジャパンアニメーション発祥の地なんでしたよね?」と、チーサンが尋ねる。
「そう。ネリマー。今じゃ、大根しか作ってないけどね。」
 空になったチーサンのお猪口に日本酒を注ぎながら、ハナーエは答えた。
「わ、ありがとうございます。大根、ですか。…あ、大根食べたくなってきた。フク姐、なんかありますー?」
 チーサンはカウンターに向かって声をかけた。
「今日はおでんが仕込んであるわよ」
「うわ、最高! おでんと日本酒、むほほほ」
 テーブルをドンドンと叩きながら、チーサンは全身で喜びを表現した。
「あと、タコワサも欲しいんでしょ?」
「うわわわ、なんでフク姐わかるんですか!?」
「顔に書いてあるわよ」
「うきゃー!!」
 歓喜するチーサンを横目に、私は「どうだった? ネリマー」と、話を継いだ。
「なんだか悲しかったな。でもって悔しかった。この大根畑がかつて、国内最大のアニメ企業集積地だったって考えるとね」
「今は見る影もなし、か」
「うん。でもね、いつかまたここをアニメの楽園にしてやるんだ、って思ったら、俄然、やる気も湧いてきたわ」
 テーブルには早速、おでんの盛り合わせが運ばれてきた。ハナーエは大根の上に辛子をこれでもかというほど山盛りに乗せた。これがハナーエ流。チーサンが涙目で何かを訴えかけているけれど、誰も何も言えない。ごめんね、チーサン。これも人生経験だから。
「それにね、不思議なんだけど、ネリマーの地に立ったら、なんか木馬に乗ってこれから出撃! みたいな気になった」
 そう言うと、ハナーエは宇宙(そら)を見上げるように視線を遠くに移した。「変だよね。笑っちゃうでしょ?」
 苦笑いするハナーエの表情は涼やかで、油断をすると惹き込まれてしまいそうなぐらいに綺麗だ。私は心を持って行かれないように気を付けながら、「あ、それ、わかる。私もMt.イワフネに登ったとき、同じこと思ったよ」と返した。
「本当? あの、アトゥーマと一緒に行った山?」
 目を見開いてハナーエは尋ねた。
 Mt.イワフネは、戦隊物の撮影現場に使われたという霊山。その地に立ったとき、私は確かに、歴代のスーパー戦隊たちの影を、自分の近くに感じた。歴代のスーパー戦隊が総登場して、私たちに力を貸してくれる。一緒にギガスパイアと闘うのだ。そして、私の胸の中には、まだ聴いたことのない私たちのテーマソングが流れていた。
 ……そうだ、思い出した。だから私は、あの時、アトゥーマに頼んだのだった。


(第19話へ続く)



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超機動合唱戦隊バスターガイザーのテーマ2014
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