ストーリー
第3話:超機動合唱戦隊
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「アツマブルーも困るんだけどなぁ。でも、まあいいか、この際」と彼は諦めて言った。「で、君の名前は?」
「私?」
「そう、君」
「私は……」
「ニャンコレッドとか、そんな感じかな?」
アツマは少しずつ、猫との距離感が掴めてきたような気がした。自然と言葉も崩れてくる。「それとも、ピンクニャンニャン?」
「……私は」
「うん」
「私は……、ニボシ」
「ニボシ?」
「そう。この道を通る人が何人か私のことをそう呼んだ。だから、ニボシ」
言葉のトーンが少しだけ沈んだような気がした。それには気付かない振りをしてアツマは会話を続けた。腰をかがめて、目線の高さをニボシに近付ける。
「わかった。……じゃあ、ニボシ。質問したいことがちょっと、いや、いっぱいあるんだけど」
「どうぞ」とニボシは言い、もう一度その場に身体を横たえた。どうやらできる限り立っていたくはないらしい。アツマはニボシの身体のポジションが落ち着くのを待って質問を始めた。
「まずは、君のこと。さっきは未来から来たって言ってたと思うけど、それはどういうことなのか。22世紀から僕の未来を救いにやって来たネコ型ロボット――には見えないけど」
「確かに、未来の世界のネコ型ロボットではないわね」
ニボシの声に少しだけ明るさが戻ったような気がした。アツマは続けた。
「それから、この石のこと。さらには、アツマブルーっていう意味不明な僕の名前」
「ふーん、知りたがり屋さんなのね」とニボシは言った。それから、しっぽを一回だけくるんと回した。
「わかったわ。いろいろ込み入ってて説明は難しいけど、わかりやすいところから教えてあげる」
ニボシはゆっくりと起き上り、その場に腰を落として「お座り」の格好をした。そして、コホンとひとつ咳払いをしてから説明を始めた。
「あなたは、超機動合唱戦隊バスターガイザーとして選ばれた戦士なの」
ニボシの顔はいつしか真剣なものになっていた。
「その石はアートストーンといって、簡単に言えばパワーの源ね。その力を使って、あなたはアツマブルーに変身するの」
「チョウキドウ? 変身?」
「そう。まずは論より証拠で変身してみましょう。本当はお手本を見せてあげられるといいんだけど、私は猫だからそれは無理。今から口で解説するからよく聞いててね」
アツマは既に話を半分も理解できていなかったが、ニボシはかまわずに続けた。
「アートストーンは身に着けていればいい。そう、ポケットに入れておいても大丈夫。そしてまず、左手は腰に、右手は左斜め45°にまっすぐ伸ばす。腕はピンと張るの。そして腰をちょっと入れる。顔はまっすぐ前を向いて」
「……それはつまり、それを今ここでやれということかな?」とアツマは尋ねた。
「当たり前でしょう。変身するんだから」とニボシはあきれたように言った。
アツマは辺りを見回してみた。よく考えれば、ここでこうして猫と話しているだけでも、かなり危ない人である。幸いにして、ここは遊歩道で見通しがよく、今は誰も歩いていない。道はゆるやかな坂になっていて、その脇には京王相模原線の高架された線路が走っている。電車からは彼の姿が見えるかもしれないが、車窓から見る一瞬では、彼が何をしているのかまではわからないだろう。アツマは覚悟を決めて、ニボシの言う通りのポーズをとってみた。本当に誰にも見られていないのか、背筋に冷たいものが走る。
「うん。なかなか筋がいいわ。そこから、右手で大きな円を描くように右回りに腕をゆっくり回して、右斜め45°まで行ったら素早くその位置に左手を持って行って同時に右手は腰に。ちょうどさっきと対称の格好になるわけね。そうしたら、左手を腰に戻して正面を向く。そして、ゆっくりと腰を落とすの。しっかりと腰を落としたら、両手をまっすぐ前に。目の前に壁があって、それに手を着くような感じで。指先は上に向けて」
百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、言葉でいくら説明されてもなかなか理解できなかったが、アツマはなんとかここまでの指示に付いていった。
「そしてここからが大事。その体勢から、秘密の呪文を唱えてジャンプするの。そうすれば変身完了。アツマブルーの完成よ」
ニボシは立ち上がり、誰かに聞かれないように声を潜めて言った。
「秘密の呪文はね……『ちちんぷいぷいめたもるふぉーぜ、バスターガイザーにな〜れ』よ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……いやそれはちょっとどうかなと」
「変身したくないの!?」
「べつにしたくないです」
「興味あるでしょ?」
「ないです」
「新しい自分に出会えるよ」
「出会いたくないです」
「そんなこと言わないでさあ」
「いえ結構です」
「モテモテになれるよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……やります」
アツマはモテモテになりたかった。
「わかればよろしい」とニボシは頷いた。
覚悟を決めたアツマは、きりっと前を向いて呪文を唱えた。
「ちちんぷいぷいめたもるふぉーぜ、バスターガイザーにな〜れ! とう!!」
アツマは華麗にジャンプした。ちなみに、最後の「とう!!」は、思わず彼が口にした掛け声である。