ストーリー
第15話:ネガイ
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アトゥーマは「やむを得ない、か」と呟き、顎に手を触れながら小さくため息を吐いた。
「所長、私は反対です」
自分が正しい判断をしているという自信はなかったけれど、私はきっぱりと言った。言わなければならないと思った。
「TE-02は、私たちの大切な仲間です。こんな扱いは許されないのではないでしょうか」
「……そう、確かに、TE-02は我々の仲間だ」
TAM所長は、そう言って頭上のTE-02を仰ぎ見た。そして、言葉を選ぶように話を続けた。
「……しかしね、同時に彼は、ロボットに過ぎないわけだ」
所長の声が聞こえているのかいないのか、TE-02は気持ちよさそうに羽根を羽ばたかせている。
「TE-02には、意思があります。心があります。ただのロボットじゃありません」
「それはプログラミングに過ぎない。まるで意思があるかのように見えるだけだ」
TAM所長の口調は、少しずつ強いものになっていった。
「それにね、さっきも言ったけど、バックアップは取ってあるんだ。まったく元の通りに復元できる。今とまったく同じTE-02としてね」
「でも……」
「そして何より、この実験には人類の命運がかかっている。そこを考えてほしい。この実験を中途半端なものにすることは許されないんだ。……このあたりを天秤にかければ、自ずから出てくる答えは決まってくるんじゃないのかな」
「でも……。でも、ハナーエは……、彼女の許可は取ったんですか?」
ハナーエはアニメ部門ロボット担当の研究者で、TE-02を作った張本人だ。私の脳裏には、TE-02と楽しそうに戯れる彼女の姿がありありと浮かんでいた。
「TE-02の所属はアニメ部門ではなくて所長室だ。よって、彼女に許可を取る必要はない。ついでに言えば、彼女は今、出張中だ」
そう言うと、TAM所長は後ろを向いてしまった。
「そんな……それじゃあ」
そのとき、私の肩にそっと手が置かれた。振り向くと、アトゥーマが少し困ったような笑顔を作りながら、首を左右に振っている。その目が、〈もうそれくらいにしよう〉と優しく語っていた。
私は唇を噛んだ。
「……所長、少しTE-02と話をしてもいいですか?」
「実験の最終準備に入るから10分以内で。いいかい?」
安堵の表情を浮かべながら、所長はこちらを振り返った。
「ありがとうございます」
私はTE-02に「行こう!」と声をかけて、実験室の奥にある会議室へと向かった。
6畳ほどの小さな部屋は、入って右手の壁に大きなスクリーンがあるだけのシンプルな作りだ。必要に応じて机や椅子を設置するが、今は畳まれて奥の倉庫に入れられている。
「ねえ、TE-02」
私は声をかけた。TE-02は私の足元でコロコロと床を転がっている。
「怖くはない?」
転がるのを止めて、TE-02は私を見上げた。
「〈コワイ〉トイウカンジョウハ、ソモソモ、ワタシノナカニセッテイサレテイマセン」
「〈怖い〉って、わからないの?」
「ヒトガドウイウトキニ〈コワイ〉トオモウカハワカリマス。デモ、ワタシガ〈コワイ〉トカンジルコトハアリマセン」
TE-02はニコッと笑った。正直、かなり気持ち悪いのだけれど、でも、嫌な感じはしない。
「ダカラ、シンパイシナイデクダサイ」
「……気を遣ってくれているの? ありがとう」
私は腰を下ろして視線の高さをTE-02に近付けた。
「〈キヲツカウ〉トイウセッテイモアリマセン」
「……ふふ、あなたはいい子ね」
思わず声を上げて笑った。ロボットだろうと何だろうと、私は、TE-02のことを掛け替えのない存在だと思う。
「マスコットノキホンハ、アカルク、ゲンキニ。ソシテ、ピンチノトキニハ、モットアカルク、モットゲンキニ。コレ、ダイジナコトナノデ、オボエテオイテクダサイ」
「……私が覚えてもあんまり意味がない気がするけど、……うん、しっかり覚えておくね」
「ソレカラ、ヒトツ、オネガイシテモイイデスカ?」
TE-02は真っ直ぐ私の目を見て言った。私は無言で頷いて、彼の次の言葉を待った。
「モシ、カリニ、ジッケンガシッパイシテ、ワタシガイナクナッタラ、ハナーエニ、ツタエテホシイノデス」
「……うん。何て伝えればいい?」
「〈スキダッタ〉ト」