ストーリー
第17話:failure
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実験コード:ATS0131
結果:failure
記録には、その2行だけが書かれている。
あの日、TE-02は還ってこなかった。
いいえ。正確に言えば、彼は転送先である第1実験室に現れなかった。
集まった研究室のメンバー。カウントダウン。誰かの息を飲む音。沈黙。モニターに映る第1実験室。沈黙。マイクに向かって叫ぶ所長。駆け出す誰かの足音。アトゥーマとチーサンの横顔。沈黙。沈黙。沈黙。
断片的に焼き付いた光景が、私の胸の奥に澱のように沈んでいる。
3日後、TE-02は帰ってきた。
いいえ。正確に言えば、彼はもう一度、作られた。設計図通りに。何から何まで元通りに。
最後に、実験の直前にバックアップしておいたTE-02のデータを埋め込んで完成。
TE-02は、どこからどう見てもTE-02で、だから、まったく何も違和感がなくて、だけど、何かものすごく違和感があった。
「お帰りなさい。……TE-02」
廊下ですれ違った彼に、私は平静を装って声をかけた。
「〈オカエリナサイ〉? イイエ、ワタシハドコニモイッテイマセンヨ」
「あ、うん。……そっか。ごめんね、しばらく顔を見てなかったから」
バックアップは、TE-02が実験室に入る前の段階のものだ。だから、当然、私との最後の会話も記憶されていない。
おそらく、いや、絶対に、目の前の彼が、ハナーエにあの時の言葉を伝えることはないと思う。
TE-02は、還ってこなければならなかった。どうして、還って来てくれなかったの。
「そういえば、ハナーエはまだ出張中?」
「ハイ。アシタ、カエッテキマス」
「そう! それはよかったわね」
私は両手を胸の前で合わせて、満面の笑みを作ってみせた。
明日、ハナーエが出張から戻る。所長は、その前に急いでTE-02を〈完成〉させたに違いない。
TE-02と別れた後、自分の研究室に戻り、チーサンに内線を入れた。
「あ、もしもし? ごめんね、チーサン。お忙しいところ」
『いえいえー、大丈夫ですよ。何ですかー?』
少なくとも、声の様子はいつもの彼女だ。実験の失敗を引きずっている感じはしない。私は少しだけ安心した。
「あのね、ほら、この前、〈忍YAH〉に行こうっていったでしょ? あの時、バタバタしちゃって日程を決められなかったから」
『あ、はい! 覚えててくれたんですねー!』
受話器の向こうで目を輝かせているチーサンの姿がありありと瞼に浮かんだ。
「あれ、……明日とかどうかな?」
『明日ですかー? 私は大丈夫ですよ!』
「明日、ハナーエが帰ってくるらしいのね。だから、彼女も誘ってみるつもり。あ、もちろん、アトゥーマも連れていくから」
『わー、楽しみです! ハナーエさんのお帰りなさいパーティですね』
屈託なく彼女は笑う。
『あ、だったら、TAM所長も誘っていいですか?』
「え!? 所長?」
予想していなかった提案に、思わず声が上ずった。
『はい。……所長、あれ以来、元気なくて』
途端に彼女の声は沈んでしまった。誰よりも近くにいて、所長の変化を敏感に感じ取っているのだろう。そして、何とか所長を元気付けようとしている。
「うん、それはすてきな提案だと思うんだけど。……でも、ハナーエと一緒で、所長、大丈夫かな?」
正直、所長が今、どんな理由で〈元気がない〉のかはわからない。これは私の勝手な想像だけれど、きっと、TE-02やハナーエに対する申し訳なさではないと思う。もちろん、そういった申し訳なさを感じてくれていたらという期待もあるけれど、それが裏切られると虚しいから、そうは考えるなと、私の心が命じている。
だから多分、これは不要な気遣いだ。だけど、それでも、気遣わないのも、何か違うような気がする。
『あ、そうですね。……うーん、じゃあちょっと、それとなく聞いてみるっていうか、様子を見ながら誘ってみてもいいですか?』
「そうね。それでいいと思う。えっと、じゃあ、チーサンに任せるね」
『はい! 了解でーす。確認取れたら連絡入れますね』
「よろしく。じゃあ、お疲れ様」
『お疲れ様です! ありがとうございました!』
受話器を置いて、私はひとつ、ため息をついた。
私には約束がある。私はハナーエに伝えなければならない。TE-02のあの言葉を。〈スキダッタ〉という彼の言葉を。
けれど、あの実験を隠そうとしているのに、新しいTE-02だっているのに、どうやってそれをハナーエに言ったらいいのだろう。
すべてを伝えたとして、それには、いったい何の意味があるというだろう。
私は迷っている。
(ねえ、教えて、TE-02。私はどうしたらいい? こういう状況になること、あなたはわからなかったの?)
何度繰り返しても、私のなかのTE-02は答えてくれなかった。